いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2015年2月11日水曜日

【かもかてSS】童話の幕間

【 注 意 】
・タナッセ愛情B後、第三者(モブ貴族)視点で主人公&タナッセは登場少なめ
・いつまでもをずっと



 一つは、嫌悪。
 一つは、好機。
 印を額に戴きながらも誰の手垢も付いていない子供への評価は、概ね二つに大別される。
 嫌悪は言うまでもない。
 ランテにおもねる一派にとっては厄介この上ない存在。
 平民の王であることは先々代を連想させていけない。
 そして、好機は、好意ではない。飽くまで好機だ。
 ランテを良く思わない者達にとっては格好の道具。
 平民の血が入る苦行を押しても手に入れたい。
 双方の立ち位置は交わらないが共通している事実はあった。
 もう一人の候補者がどういった個性を持っていようと、酒のつまみにしかならないという事実だけは。
 とはいえ、変わり者はどこにでも姿を見せる。魔窟じみた貴族の世界においても、だ。それはたとえば遠巻きにだらだら会話するだけの“無礼会”と称される戯れた集まりであるとか、今その子供に遠くから欠伸を捧げている彼であるとか――。
「……あなた」
 声を潜めた呼びかけと共に肘が件の彼の脇腹に食い込む。捻りを加えられれば鈍痛はそこから頭に突き抜けてきて、
「うん、目がすっかり覚めたよ。やっぱり話し声って子守歌だね」
 本来控えめな筈の長年連れ添った妻がこうして紙一重の行為を仕掛けてくるということは、彼がどれ程大口を開けていたかを分かりやすく示していた。故に彼は眠気を吐き出すまで交わしていた会話を穏やかに続ける。
 壁際から見詰める大広間の中央。
 囲まれているのは年若い男女だ。
 夜であることを差し引いても顔色の優れない娘を気に掛けながら、青年は群がる人間に応対している。
 寄り添う娘は――つい数ヶ月前までは子供だった彼女は、それでも気丈に眉を浅く立てた笑みを浮かべている。
「寵愛者様が籠る前とは熱気が違うね。あれはあれで見苦、いやあ、暑苦しかったけど……うん、美人になったもんなあの子」
「だから言いましたのに、あたし。素材は良いのだから、あれで化けなきゃそちらこそ詐欺ですのって」
 まあ、と妻は悪戯めいた笑みで囁いた。
 まあ、あそこまで飛び抜けるなんて思ってもみませんでしたのよ、と。
「ただし、今更気付いた方が多いのはお笑い種ですわね」
「しょうがないよ。美女の方が分かりやすいからねえ、年が若い子には」
 世界が軋んだような緩やかな速度の口調が毒と共に笑みを零すが、応える夫の声も豪奢に隠しきれない欲が渦巻く舞踏会の場にはおよそ似合わないもの。
 視線の先の華美な喧噪とは隔絶されて時間が過ぎていく。
 遅い籠り明けとなった寵愛者とその付き添いである前王の息子が些か早い退出をしても、それを皮切りに騒がしい集団が三々五々散ったあとも、変わらない。既に彼ら夫婦は一線を退き、貴族としてあるいは領主としての義務も権利も息子に譲渡した。
「……見たかい?」
「何をですの? ――と言いたいですけれど、そうね、タナッセ様のこと?」
 夫の語尾は僅かに跳ねていた。妻は器用に片目を閉じながら頬も唇も吊り上げ、逆に眉尻や目尻はなだらかにする。
「やっぱり三つ目の人だったんだねえ、彼」
「今なら四つ目の括りになりますの。意味するところ、同じですけれども」
 子供時分。
 もう一人の候補者であった存在が子供だった時分、対応はおおよそ二つあった。
 嫌悪しての排斥。
 旗頭用のお人形。
 とはいえ、例外はいつでも居る。それはたとえば子供に好意を向ける存在であるとか、子供自身を欲する存在であるとか――。
 成人した、候補者ではなくなった彼女には例外が第三勢力として目立つようになった。しかしかつての三つ目、例外たるタナッセ・ランテ=ヨアマキスには、新派閥とは明確な差違がある。若い二人が大広間を出て行く時に人混みから外れていた彼ら夫妻だから見えた一瞬の表情が何よりの証だ。故に結局、例外であるのは変わらないまま。
「あぁ、でも。そうだね、僕は少しばかり勘違いもしていたよ。寵愛者の子、美人なんじゃないね、可愛いんだ」
「あら奇遇。……あぁ、でも。そうですわね、そうするともう芽がありませんのね、彼ら」
 互いに好意を向け合って。
 互いにだけ見せる表情があって。
 ならばこの例外は今後も安泰だろう。
 分かりやす過ぎてどうにも微笑ましい嫉妬を撒き散らしていたかつての王子と、分かりやす過ぎる急な周囲の態度の変化に警戒するかつての候補者は。
 彼と彼女は微笑み合い、手と手を取り合う。
 疲労ばかりが蓄積する華の場所を離れることは、互いに異存なく。
 再び高らかに欠伸する夫に肩を竦めながら、妻はねぇ、と呼びかけた。まるでとびきりの提案をするように笑顔で。
「早速贈り物考えましょう。――可愛い花嫁さんと可愛い花婿さんに見合った品、見繕いませんと」










 人気のない回廊に、小声でもよく通る声がある。
 それは隣の青年に支えられるように歩いており初めは過保護だのなんのとぼやいていたが、ややあってのち、彼を瞳だけで見上げながら頬を緩めた。
 それとも、と。
 それとも、さっき壁際で寄り添っていた二人のように、人生の終わりが見えかける頃になってもこうしてくれるのだろうか。
「…………」
 三呼吸分の沈黙。「いや、なんでもない……」
 何も口にしていない筈が、彼は首を横に振って自身の前言を打ち消した。他に言葉は紡がれない。
 支えられていた娘と青年ははっきりと背丈が違い、いつまでも見つめ合いながら足を進めるのは難しいと、僅かな落胆を浮かべながらも彼女は灯りの乏しい行く先に目を移す。重なり合う足音だけが響く。体温を分け合うように添いながら、彼らは言葉少なだ。率先して話題を提供するのは娘が多く、そして今彼女の顔は常より幾許か白を増していたし、皮肉めいた表情が板に付いた青年の顔は常と異なり険しさを纏っていた。
 けれども彼は、二度三度と頭一つ分は小さな彼女の面を覗き込むようにしたあと、
「しばらくしたら――――あの日の契約の続きを、私は……だから責任はその間ずっとということで……ずっとというのは必然としてだな、つまり長い時間になる訳で……その」
 音はそこで途切れる。顰め面に、なる。
 だが、娘は木漏れ日に似た笑い声を響かせた。
 私とあなたの装飾品を交換する時にでもその続きを、と笑った。










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