いわゆるフリーゲームに関する感想や二次創作メインに投稿しています(2023年現在)。取り扱い作品:『冠を持つ神の手』

2013年1月23日水曜日

【かもかてSS】印象は白と黒(4/5)

続き物注意。

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■【/0】



【 /0 】finally/黒

 雨の中庭には二つの人影がある。
 一つは小さく、一つは大きい。小さい方の視線は大きい方の顔に向けられ逸らされないが、大きい方は顔こそ小さい方へ向けられているものの視線は一定しない。
 大きい方――タナッセ・ランテ=ヨアマキスは視線以外も落ち着きがなかった。どこがという具体的なものではなく、纏う雰囲気が戸惑いに満ちているのだ。理由は明快だった。自身の言動がいかにも不似合いに過ぎたので、気後れしたのだ。タナッセは小さな人影の細い髪に小さな手指に自身から触れ、心配などしてしまった。
 月の初め、彼は眼前の小さなこどもに魔術師を伴ってある儀式を仕掛けたというのに、こどもはそんな彼を赦し、どころか愛を囁き笑顔で彼の下にやってくる。儀式で命を奪われかけたにも関わらず、だ。
 それまで彼がこどもにしてきた否定など生温くかすむ行為に、自分も大概だったから仕方ないと困り顔で小首を傾げる。全く理解が出来なかった。それこそ、告発されなかった代わりにかつてのヴァイルのような対応をされるのも覚悟してこどもの部屋を訪れたタナッセにしてみれば、天地が逆転するより驚愕せざるを得ない。
 だが、驚こうが、赦しと愛の告白に朝から晩まで悩もうが、こどもはおかまいなしに彼の傍にやってくる。人目があろうと気にも留めず。詳細はともかく重大事が両者の間で起きたことは城中に知られているのだ、と彼が気付いていない訳もないが、ただタナッセを瞳に映して上機嫌に寄ってくる。頬の上気は目の錯覚だろうか。
 先日はこどもを突き落とした地下湖にまで怯まず着いてきた。怯まないのは場所へのものだけではない。彼の護衛の巨漢を使った命への脅しも、彼自身何をとち狂ったのかと今でも恥ずかしい性的な脅しにも、だ。――残念ながらタナッセは一瞬にも満たない唇の触れ合い程度では、諸処の感覚がない未分化には今ひとつ伝わらない事実を失念していたが、なんにせよこどもは今日も雨の中彼を追ってこの場までやってきたのだ。
 しかし本当に、
「どうしてこんな無茶をする。雨除けもつけずに、城から出てくるなんて」
 問うと雨に濡れ、色の褪せた柔らかい唇が幾度か迷うように開閉を繰り返す。やがて眉尻の下がった上目が言った。タナッセを見かけたら身体が勝手に動いたのだ、と。それに好きな人と一緒に居たいのは当然とも付け加える。
 だから、どうしてこのこどもは胸を貫くほど率直なのか。
 だが、どうしようもない。おそろしいほど無垢な瞳がタナッセを映すたび、二人目の存在が知らされて以降胸に刺さり溜まっていたあらゆる不満と不安がかき消え、むしろ真逆の感情となって彼を呑もうとするのだ。今もまた、先程一度は離したこどもの指に、手に触れてしまう。するとこどもはさすがに目を丸くした。だが指先は酷く冷え切っていて、タナッセは今度こそ、少しの固さをそこかしこに持つてのひらを包み込む。あたためようとする彼の手すら凍える冷たさは、瀕死のこどもを抱えた記憶を刺激してきて、けれど今、こどもは彼をじっと見上げて微笑んでいた。
 責任だ、と内心タナッセは思う。
 自分はやはり、手の中の段々ぬくもりが戻ってくる小ささに対して、責任を取らねばならないだろう。というか、取って当然なのだ、と一人頷く。別に、目の前の存在に絆されたものではない。地下湖での口づけは危険性を知らせるものであり、しっとりした唇に目を奪われてもいない。……そういうことにしておかねば、雨の中庭は人気がなく、既に手の届いている距離に立つこどもは頭が痛くなるほど無防備だった。
 小柄な身体を見下ろすと、タナッセですら折れそうな細く薄い肩が僅かに肌色を透けさせていた。
 いや責任だ、と彼は心の中首を横に振る。
 彼のような男にすら絆されてしまうようでは先が思いやられるから、守ってやりたいと――タナッセはまた否定の首振りをして思考し直す。守らねばならないのだ、義務である。
 全力で義務を肯定するタナッセは、それでも一言零してしまう。
「本当にろくでもない奴だ、お前も、私も」
 なのにこどもは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

























【 /0 】tale/extra

 青草の香り。
 土埃の匂い。
 小鳥の鳴き声。
 木々の囁き声。
 鹿車の外からやってくるそれらは城にいた頃感じた自然とは感触が違って、ああ新たな場所に来たのだなと急に実感が強まった。幾度か城の外に出た経験はあったが、それでもやけに新鮮を覚えるのは、彼にもたれかかる小さいがとてつもなく大切な女性の存在のためだろう。二度目の休憩ののち、ずっとこうして眠っている。
 本来であれば彼など鼻にも掛けないほど頑健な身体を持っていたはずの彼女は今、ひとときに比べ改善したもののかなり疲労しやすくなっていた。気遣いの言葉をかけると、彼女は何か楽しげな眼差しで混ぜっ返したり、時には素直に喜んだり、あるいは恥じらいの表情で――邪念が混ざったので彼は思考を取り止めるため暗唱できるほど染みついた修辞学の用語や技法を頭の中に並べ始めた。しかしどうにも効果が薄い。何しろ今回の道中で幾度となく繰り返した行為なのだ、抵抗も付くと言うものだろう。これというのも無防備に重みを預けてくる彼女のせいである。鹿車が大きく揺れるたび、喉を小さく鳴らしたり、吐息をわずかに強く零したり、意識がないくせに……いや意識がないからこそ表れる最早犯罪の範疇だろう蕩けた甘さが非常に辛い。
 彼が再び思考の海に沈みかけた時、原因が身じろいだ。んぅ、と一度身体を丸めるような動きを取り、けれどゆっくり身を起こす。頬に貼り付いた一筋の髪が肩に落ちた。未分化だった頃に比べ密度の増した睫毛が伏し気味の目にかかって妙にしどけなかったが、指の当てられた唇から転がり落ちた呟きはあどけない。
 ――はな。りねくもも。
 なんのことか問うと、香る、とだけ返った。目覚めきっていないのだなと思いながらも合点はいく。今日通る道にはリネク桃の有名な群生地域がある。今時分は確かに花の頃だろう。寄るかどうかを一応尋ねてみるが、頭を重そうに振って彼に抱きつき、こんな遠いのに懐かしいなって、と囁いた。
「――――」
 虚を突かれた、と彼は思う。何故そうまで衝撃を受けたのか自身でも理由を知れず、分からず思い、しかし何を言うより代わりに無言で抱きしめ返す。そうすると辺りに漂うのは外の雑多なにおいではなく、腕の中の女性のたしなむ香だけになる。彼女が好む柑橘の香は、彼の肺腑を甘酸っぱく満たしていった。















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お付き合い頂きありがとうございました。

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